会社概要

会社概要・沿革

【会社概要】

会社名 清和工業株式会社
所在地 大阪府東大阪市若江東町6丁目6番12号
TEL/FAX
TEL 06ー6722ー8651(代表) FAX 06ー6721ー0321
URL http://www.seiwa-oj.co.jp/
設立
1946年 4月
代表者 取締役社長 中塚 正捷
資本金 1500万円
決算期 2月
社員数 120名
事業内容
自動車、建設機械、農業機械、産業機械、船舶機械用配線回路システムの
部品・用品、及びOEMの製造販売
事業所 本社社屋・工場:大阪府東大阪市若江東町6丁目6番12号
伊賀上野工場:三重県伊賀市猪田横枕2755番
京都木津川ECTセンター:京都府木津川市梅美台8丁目2番1

【沿革】

1946年 10月 創業者 中塚宇一が東大阪市荒川に中塚工作所を設立。バッテリー用
(真鍮・鉛)各種ターミナルの製造販売を開始。
1950年 5月 清和工業所と商号変更し自動車用電線用品の製造開始。特殊バッテリーターミナルを開発し、補修用品ターミナル部門のトップシェアを占める。北米、東南アジアへ輸出開始。
1960年 5月 清和工業所を清和工業株式会社として法人化。
本社東大阪市荒川、資本金200万円。
1962年 3月 自動車用配線回路システムメーカーとして製造品目を増加。
(バッテリーケーブル、ワイヤーハーネス、プラグコード、配線コネクター等)
1965年 6月 日本で初めて、自動車用バッテリーブースターケーブルの生産開始。
1969年 11月 オートマチック車の普及により自動車用ブースターケーブルが、必需品となり年間生産30万セット超。
後に日本自動車連盟(JAF)、国内大手メーカーへ供給。
1970年 4月 資本金を500万円に増資。
日新製鋼株式会社製光沢カッパータイトの製造に協力し、ブースターケーブルのクリップに採用。
1970年 9月 中塚君子 二代目社長就任。
1972年 9月 藤倉電線株式会社(現 株式会社フジクラ)と、巻線型雑音防止プラグコードの技術開発を協力し、自動車補修部品としてプラグコードセットの生産開始。
1973年 7月 東大阪市若江東町(現本社)に河内工場新設。
日本自動車技術規格(JASO)自動車用バッテリーブースターケーブル分科会の委員として参加し、自動車用品工業規格を制定。
1975年 4月 建設機械、農業機械、産業機械、船舶機械 各メーカーへバッテリーケーブル、ワイヤーハーネスのOEM供給を開始。
1987年 5月 中塚慶明 三代目社長就任。
1990年 4月 資本金を1000万円に増資。
日本車の補修用プラグコードセットの年間生産量100万セット達成。
1991年 4月 資本金を1500万円に増資。
1992年 5月 三重県伊賀市に伊賀上野工場及び配送センター竣工。
1994年 5月 本社機能を現住所(東大阪市若江東町)に移転、旧本社工場(東大阪市荒川)を布施工場に変更。
2002年 4月 自動車用プラグコードキャップの特許取得。国内大手メーカー各社に納品。
2004年 11月 大阪府八尾市に八尾工場を開設。
2006年 4月 本社工場、伊賀上野工場のシステムをオンライン化。
2007年 8月 布施工場閉鎖。
2008年 12月 自動車補修用プラグコード年間生産数150万セット達成。
世界初ダブルコードブースターケーブル開発(特許取得)。
2010年 4月 中塚正義、四代目社長就任。中塚慶明、会長就任。
2011年 12月 自動車用バッテリーターミナル、世界のオンリーワン企業になる。
バッテリーターミナルを日本三大バッテリーメーカーへ供給。
2013年 4月 中塚正捷、五代目社長就任。中塚正義、会長就任。中塚慶明、相談役就任。
2017年 7月 京都府木津川市に京都木津川ECTセンター竣工。